東京高等裁判所 昭和58年(う)1377号 判決
被告人 中島敬昭
〔抄 録〕
本件起訴状には、公訴事実として「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五八年三月中旬ころから同年四月四日までの間、東京都内若しくは山梨県内又はその周辺において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン若干量を自己の身体に施用し、もつて覚せい剤を使用したものである。」旨記載されていること、及び原判決が最高裁昭和五六年四月二五日決定・刑集三五巻三号一一六頁を引用して、右公訴事実の記載が訴因の特定に欠けるところはない旨判示していることは所論が指摘するとおりである。しかし、関係証拠によれば、被告人は、昭和五八年四月四日午前一〇時ころ都内葛飾区の堀切橋で軽四輪自動車を運転中追突事故を起こしたために、その現場及び本田警察署において交通係の警察官の取調べを受けたが、その際被告人は、ふらふらして唇が乾いており人に追われているとつぶやくなどの覚せい剤中毒を疑わせるような状況が窺われたことから、右警察官は、被告人が覚せい剤を使用している疑いがあると考え、被告人を同署保安係に引き継ぎ、同係の警察官が被告人に約一八〇立方センチメートルの尿を提出させ、警視庁科学捜査研究所に鑑定を依頼したところ、右尿から覚せい剤が検出されたので、被告人は当日覚せい剤使用の被疑事実により逮捕され、同月二五日公訴の提起を受けたこと、被告人は、本件においては終始覚せい剤使用の事実を否認し、犯行の日時、場所、方法については一切供述せず、また本件犯行の目撃者もいないのであって、検察官は、公訴の提起にあたり犯行の日時、場所及び方法を具体的、明確に特定する証拠を発見することができなかったこと、右鑑定を実施した証人島崎克己の原審公判廷における証言によると、右鑑定はガスクロマト質量分析の方法により行われたものであるが、右方法により覚せい剤使用後その者の尿から覚せい剤が検出される期間は通常一〇日ないし二週間であるが、常用者の場合には二五日後に検出された実例もあることが認められ、なお、本件証拠上、被告人は、昭和四九年に覚せい剤取締法違反の罪(使用のほか約二・六グラムの譲受等)で懲役七月に処せられており、また、前示のとおり逮捕当日覚せい剤中毒を疑わせる状況が現認されていて、覚せい剤の常用者である疑いも存することを併せ考えると、本件犯行の日時については、被告人の採尿時から最大限約二五日以前の間である昭和五八年三月中旬ころから同年四月四日までとする以上に特定することはできず、また、本件犯行の場所については、関係証拠によれば、被告人は、都内墨田区に居住している者であるが、右本件犯行の期間中都内の同区外に通勤、買物に出掛けたほか、同年三月一九日ころから同月二一日ころまでの間山梨県の実家に帰省していたことが認められ、本件公訴事実の記載以上にこれを特定することは困難であり、更に、本件犯行の方法についても、本件証拠上、いかなる方法によって覚せい剤が使用されたかは全く不明であり、以上の事実によれば、本件公訴事実の犯行の日時、場所及び方法についての記載は、検察官において、証拠に基づきできる限り特定したものと認められ、そのために審判の対象が限定されず、また被告人側の防禦に著しい支障をきたすものとも認められないから、本件公訴事実の記載は訴因の特定に欠けるところはないというべきであり、このように解することは前記最高裁判例の趣旨にも適合するものであると考える。
(佐々木 竹田 中西)